2007年08月22日

広陵高校、野村君に聞こえた


甲子園。夏。
決勝戦。

もちろんぼくも、
そしてこの試合を見ていた誰もが予想できなかった結末で、
佐賀北高校が優勝した。

記録的猛暑が続いた今年の夏。
その暑さの中で、
初戦からほぼ完投で勝ち上がってきた広陵のエース野村君。
疲労はある一定のラインを超えているように思えた。
多彩な変化球を凄まじいリズムでコーナーへ投げわけ、
7回まで佐賀北高校の打線を、わずか1安打に抑えていたが、
その凄まじいリズムこそ、疲労の現れに見えた。


人の中には、このような能力を持っている人がいる。

ある特定の感覚を極度に必要とする時、
しかし、その必要の度合いに体が適応できない時、
別の感覚を切断し、必要な感覚を特化することができる能力。

水泳の北島康介選手であったり、格闘家の山本KID選手にこの種の能力をとりわけ感じる。

超一流のアスリートが見せるこの場所で、6回7回あたりの野村君は投球をしているように見えた。
佐賀北打線を抑えることに必要な球の切れ、制球力。しかし、疲労によってその力が出し切れず、体が自然と反応し、ある感覚を切断して「投球」の感覚を特化したのだと思った。
それほど野村君の投球のペースは尋常ではなかった。

この時切断される感覚。それはとても危険なものだと思う。
肉体的には「しんどい」を、精神的には「不安」を感じないようにする。そして同時に失われる、「嬉しい」や「信じる」といった、プラスに働く感情。

透明な見えないシールドの中で投球を繰り返していた野村君は、その時とても孤独だったと思う。だけど、その孤独にすら気が付かない。しかし、気が付かないことであれだけの投球を実現させる。

8回だった。

それまで、白くボンヤリとした膜の中で、音はただの「音」としてその膜の外に存在していただけだった。
しかしその膜を、
あまりにも異様な大歓声が打ち破る。


聞こえてなかった音が、聞こえてきた。
見えなかったものが、見えてしまった。
無色だったものに色がついて見えた。
感じさせていなかった全てのことが、一挙に押し寄せてきた。
いいことも悪いことも全て。
疲労。不安。責任。
いや、
仲間。感謝。3年間の出来事の全て。
封印していたはずのありとあらゆる事柄が、台風が接近している海岸沿いに打ち寄せる波のように激しく迫る。

そして、満塁だった。
「満塁だ」という意味を感じた。

コントロールが利かなくなった。
際どい球を全てボールと判定された。
急激に球威が落ちた。


押し出しの四球。笑ってみせた。


そして、三番の副島君の打球が「奇跡」になった。


聞こえてきたんだよ。聞こえなかった音が。
だけどね、ぼくも、聞こえないようにして生きていた時期がありました。何も聞かず、何も感じず、ある能力を特化させてね、世の中を渡り歩こうとしてたんだ。だけど、その時何も始まってなかった。

始まったのはね、聞こえてからだった。
いろんな音が聞こえてからだった。
大好きが分かる。優しいが分かる。
苦しいも分かる。しんどいも分かる。
「何より愛が大切だ」って、恥ずかしがらずに言えるようになった。

野村君は大会を通じて本当に素晴らしい投球を繰り返した。
優勝したい、という一心で、一時的に何かが聞こえなくなっているように見えた。

だけど、8回、野村君に聞こえた。

そうだ、野村君。5対4、逆転されたところから始まった。
「聞こえる」から始まった。

よくぞ聞いたよ。
とても偉いと思ったよ。
「悔しい」が聞こえるから「ありがとう」が聞こえる。

遠くの町から小さな声で、心を込めて。
本当に、ナイスピッチング。

満塁ホームランを打たれてから甲子園のマウンドで投げた。
本当の顔、本当の目で投げた。
疲れきった、弱った姿のままで真っ向から立ち向かっていく姿に、
ぼくは泣いてた。

決勝戦。
異様な大歓声の中に混じる声を、野村君は聞いたかな?
「みんなありがとう。そうだ、ぼくは、一人じゃない」

記録的猛暑の青空の下。
背番号1は守られていた。


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posted by コーチ at 16:38| Comment(4) | TrackBack(1) | ■ 高校野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月20日

送りバントをしない

春のセンバツ、決勝戦と同カードになった、常葉菊川―大垣日大戦。

常葉菊川の野球は「高校野球」という独立した野球スタイルが当然とされた「高校野球という慣習」に大きく一石を投じていると思う。「いやいや、野球は野球だろ」って。

準々決勝。相手はセンバツで決勝を戦った大垣日大戦だった。好投手森田君。森田君は春から比べて飛躍的に成長していた。

常葉菊川は送りバントをしない。
今日試みた犠打2つはいずれも9番のピッチャーに出されたサインで、プロ野球における「投手の送りバント」とほとんど同じ意味合いの送りバントだった。

「この1点を取れば勝てる」というところで「四番にバントも当然」。「高校野球」の中にいまだしっかり根付く普遍性のある考え方だと思う。しかし、常葉の野球にそれはない。

常葉菊川、1点先制されて迎えた4回だった。

攻撃は1番の高野君から。4回が1番から始まるということは、3回までパーフェクトに抑えられているということ(盗塁失敗があったのでパーフェクトではなかったけど、ほぼ、完璧な内容で抑えられていました)。

先頭のトップバッター高野君。フォアボールで出塁。それほど多く巡ってこないであろうチャンス。絶対ここで1点返したい。ここで二番にまわる。

プロ野球に置き換えてみても、ここは送りバントの確率が非常に高い場面だと思う。3回まで川上に完璧に抑えられてた、1点負けてる4回。先頭の鳥谷が出塁。赤星、送るでしょう。

だけどここで常葉は打たせる。エンドランではなく「打て」のサイン。監督はジェスチャーで「進塁打を打とうとするな、引っ張れ」という動きまでしていた。「とにかく、振ろう」という野球。

しかし、2番の町田君は三振。続く3番4番も打ち取られて、このイニング先頭打者の出塁を2塁にすら進められないまま終了してしまう。

4回まで内野安打一本とフォアボールの出塁だけ。しかも出したランナーは盗塁失敗と1塁に釘付けの残塁。さらに先制までされて中盤を迎えた試合。

本当に不思議なことなのだけど、常葉が優勢に見えたのだ。大垣日大のエース森田君。140km/h中盤のストレートとキレのよいスライダーを投げる素晴らしいピッチャーで、実力を十分発揮して投球をしていた。実際4回まで被安打1、与四球1。ランナーを二塁にまでやらない投球。しかも1点リードして迎える中盤に、なぜか森田君の方が追い込まれていた。


「送りバント」という作戦について考える。なぜ送りバントをするのかというと当然「得点になる確率が高まるから」だ。
ダブルプレーの危険がなくなること。そのことでのバッターの心理状態が優位になる。スコアリングポジションにランナーが進むことで、相手投手、相手野手にかかるプレッシャーも高まる。誰もが知ってる「送りバント」の理由。確率の問題だ。

常葉菊川の野球を見て思うことは、「送りバントをしない」ということの理由もまた、確率の問題ではないかということだ。

高校野球はだいぶ変わってきたとはいえ、先発投手が完投することが多い。その時にバントで一つアウトをあげるという作戦は、ある面では相手投手を楽にすることでもある。「全員を打ち取らなければならない」ぼくも投手をやっていた経験があるがこれは大変だ。バントをしてくれて楽だと感じた場面も確かにあった。一旦リセットされる感じもあって、「さぁここから」と投げやすくなる面もある。

常葉菊川は1番から9番まで狙い球が来れば、全員しっかり振ってくる。軸足に体重を乗せて、とにかくしっかり振ってくる。カウント0−2、0−3で見てくる可能性はほどんどない。打者有利なカウントであればこそ、とにかく振ってくる。投手は楽にストライクを取ることが許されない。

常葉菊川は春のセンバツで、佐藤君を擁する仙台育英や中田君を擁する大阪桐蔭にその野球で勝って優勝した。序盤から「振る」ということを繰り返すことで、終盤に必ず得点して勝っていた。序盤、中盤に送りバントをしないことが終盤に得点することを考えたときに最も確率の高い作戦。そういう風にも見えた。

さらに、2005年の岡田阪神が鳥谷や藤本にほとんどバントささずに打たせたことで、「いざ」という場面で鳥谷、藤本に回って来たとき代打を出す理由を感じなかったというケースを何度か目撃した。常に振っている打者は「いざ」という時に「振れる打者」になっている。2アウト1塁2塁とか、「打って得点するしかない場面」で、「打てそう」という期待を持たせるバッター。鳥谷も藤本もそういう活躍を随所に見せていた。

常葉菊川が全員ポイントゲッターになれるのは、これと類似した要因があるように思う。常に振っているから、当然チャンスの打席で振れる。「迷いがない」という強み。「エンドランがあるかも」「スクイズがあるかも」と思ってヒッティングにいくのと、「打つだけ」と決めてヒッティングにいくこととの確率の差。さらに全打席がその準備となるようなゲーム運び。理にかなっていると言える。

ただ、「送りバントをしない」というのは何か歯車が噛み合わなければ、当然いい当たりのショートゴロのダブルプレーもあるし、ライナーでランナーが戻りきれなかったり、相手を調子付かせる危険も孕んだ諸刃の剣でもある。

実際、常葉菊川は春のセンバツで仙台育英や大阪桐蔭といったビッグネームを倒したのと同様の試合運びで、静岡県予選を勝ち上がってきている。仙台育英や大阪桐蔭より強いチームとは県予選では当たらないだろう。だけどそうなってしまうのもまた「送りバントをしない」ということから表現されることだと思う。でも、勝つ。そして甲子園。


今日のゲームに話を戻す。

4回、先頭の1番バッターがフォアボールで出塁。しかし、2番は送りバントをせず三振。3番4番も凡退で無得点。その後の5回。ここで常葉菊川は逆転することになった。

5回。先頭の5番中川君がスライダーで空振り三振。
1アウトで、6番の酒井君がそのスライダーを初球から狙ってヒットで出塁。1アウト1塁で7番。1点負けてる5回。バントするチームもあるだろう。エンドランももちろん、とにかく動きたくなる場面であることは間違いない。

しかし7番石岡君の場面で、ランナー1塁から、ふつうに打ってライト線の三塁打で同点に追いついてしまった。さらに1アウト3塁で8番伊藤君。「スクイズ」の「ス」の字も感じさせず、初球をライト前に。いい当たりではなかったけど、迷わず振りにいっているからヒットになるという当たりだった。あまりに鮮やかな逆転劇。

しかし大垣日大の森田君もさすが、その後なんとか踏ん張って、ゲームは2−1常葉菊川1点リードのまま8回へ。

8回は、常葉が最も得点するイニング。
先頭の3番長谷川君がレフト前ヒットで出塁。
スコアは2対1の1点差。イニングは8回の裏。もう1点取って3対1にすればほぼ勝ちは決まるという場面。ノーアウトランナーなしでバッター4番。ふつうの高校野球なら、ほとんどのチームがバントさせると思う。プロ野球でもタイガースで言うなら、クライマックスシリーズの戦い、あと1点取れば勝てるという8回裏。金本以外ならばバントだろう。シーツはシーズン中でもやってるし、林クンでも桜井でもここはバントさせると思う。

常葉菊川、この局面で、サインは「打て」。
この試合が始まるまで甲子園でノーヒットだった四番の相馬君、ここで一二塁間をゴロで抜いていく。

確率の問題なのだ。打てる可能性が高ければ打てばいい。そのほうが点になる。凄くシンプルで分かりやすい野球だ。だけどそれがここまで徹底されるとあまりに斬新に感じる。

ノーアウト1塁3塁、「1点取れば勝ち」の局面。昨日、帝京が再三スクイズをしかけた場面だ。バッターはここまで全くタイミングの合ってなかった5番の中川君。

犠牲フライで3点目。スクイズの気配すらなく、二球目のスライダーをセンターへ打ち上げた。その後7番の石岡君にホームランまで飛び出して、終わってみればこの回4点。スコアは6−1。完全に決着をつけた。

「送りバントをしない」
この野球はあまりにもリスクが高い。しかし常葉菊川は春のセンバツで優勝し、夏もベスト4まで勝ち上がった。あと二つで春夏連続優勝。物凄い結果を残した。

明日はあの駒大苫小牧を破った広陵戦。
好投手野村君、チーム一丸となってしっかり繋ぐ打線。
非常に強い相手だ。監督が熱中症で倒れたというハプニングをプラスに変えたチーム。乗っている。

さぁ、どうなる。


今日、常葉に破れた大垣日大。
このチームもまた非常に素晴らしいチームだった。
監督さんは阪口監督。以前、東邦高校の監督をされていた方でいわゆる『名将』。

その『名将』が現在をしっかり感じ、「現在強いチーム」を念頭において作り上げたチーム。エースの森田君も、四番の大林君も凄い選手だったが、みんなとんかくニコニコしていた。「守られてる」ってそういう安心感の中野球ができている印象をすごく感じた。

その中で動かすところは監督が動かし、任せるところは選手に任せる。微妙な微妙なバランスを見事に阪口監督はとっているように見えた。近年の駒大苫小牧や今年の常葉菊川のような爆発力はないが、しっかりと皆が実力を伸ばし、それを発揮できる野球だと思った。春は「ふつうの好投手」だった森田君が、大会有数の右腕にたった数ヶ月で変貌した姿は本当に驚いた。で、その成長力を見るにつけ森田君は是非タイガースに来てもらいたい(笑) 冗談抜きで彼は藤川球児になれる素質を秘めていると思う。何より投げている時の表情がいい。
ドラフトの話になると中田君か佐藤君に話題が集まりそうだけど、大垣日大の森田君、一位指名もいいよ! もう一度甲子園のマウンドへ。

ともあれ、「送りバントをしない野球」が春夏を制すれば、また高校野球のあり方が変わるんだろうな。常葉菊川が高校野球の流れに大きな変化をもたらせるか、明日準決勝。

で、夕方からヤクルト戦(笑)
夜から仕事。
正直、寝る時間が、ない。

でも、いい。
野球、おもしろい。

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posted by コーチ at 19:58| Comment(2) | TrackBack(0) | ■ 高校野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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