強風の浜風と激しい通り雨の降る序盤、その浜風がタイガースに味方をした。神様にお祈りしたもん。通じたのかな。
タイガースの先発投手は安藤。インコースのシュートを完全に見切られカウントを悪くする苦しい立ち上がりだった。さらに「勝ちに行こう」とする強く気持ちの出た安藤に対し、それをセーブするかのように黙って淡々とリードをする矢野のリズムが噛み合わず、安藤が少し苛立っているように見えた。
確かに安藤が好投する時は「なんとなく打った内野ゴロ」というような「安藤が抑えた!」という印象ではないアウトを積み重ねていくことが必須条件。投手が勝ったのでも、打者が負けたのでもない「なんとなく」のアウト。2年前にリリーフから先発に転向した安藤は、先発として投げるようになった当初、全ての打者を完全に封じようとするリリーフ時のピッチングスタイルが抜け切らず、なかなか先発投手としてのリズムがつかめなかった。
強く気持ちの出た今日の安藤は、その失敗をする可能性が確かにあったと思う。ただ、矢野という捕手は勇気があるというか、頑固というか、「全部抑えにかかっても後でしんどなるだけやし、ふつうにいこ」とばかりにローテンションでアウトコースにミットを構え続ける。「ここに投げれなどうせ打たれる。だから投げろ」そんな感じ。冷たいと言えば冷たいが、それが正解なのだから、そうする。試合終了後に満面の笑みでマウンドへ向かう矢野の表情が印象的なので矢野のリードはそういう温かみに溢れたリードと思いがちだが、それは違う。矢野の本領はこういった、頑固一徹「勝つために一直線でむかうリード」。ただ、そこへ向かうためのプロセスを省くので、安藤が何か納得いかないまま投球していた序盤3回まで。大ピンチの連続だった。大ベテラン捕手に敢えて課題を挙げるならば、この「投手が矢野の考えを受け入れやすくして気持ちよく投げれるようにするプロセス」に気を遣ってほしいな、というところだけど、それはそもそもの人間性が左右する部分なので、仕方ないことなのかも知れない。
逆に野口のリードは優しい。見てるぶんにも気持ちがいい。基本は「よーしいいぞ」だ。「いいぞ〜上園」「いいぞ〜能見」。調子の悪いときでも、ピッチャーの力が最大限ひき出るようにピッチャーに寄り添い、優しく引っ張ってあげる。投手が萎縮して力を出し切れないままマウンドを降りるということは矢野がマスクを被るよりも少ないと思う。だけど、今日のようなシビアな投手戦の大事な場面で、野口が優しく見えないようにしていた、その日投手が抱えている欠陥が浮き彫りになってしまう可能性がある。そうなってしまった時に野口のリードは脆さが出るのか。
そこが出ないように週一回にしてるのかな。と考えてみたり。
矢野がレギュラーであるという理由が今日、本当に良く分かる、そんな矢野のリードぶりだった。
初回。
先頭の井端は打ち取るものの、荒木に非常にイヤな見逃されかたをする。そして粘られ、センター前へ。さらに盗塁を許し、ノリにもシュートボールを簡単に見切られ結果フォアボール。1アウト1塁2塁でウッズという初回から試合が決まってしまうようなピンチを迎えた。ドラゴンズの先発は小笠原。先日のナゴヤドームで15三振を喫している、ふつうに投げられるとほとんど打てないピッチャーだ。ホームランを打たれたら、雨でコールドゲームを期待するしかないような局面で、しかし噛み合わない安藤、矢野のバッテリー。カウントを悪くして、「ここに投げろ」と構えられた矢野のミットからボール二個ぶんシュートして入った、ど真ん中のストレート。その球をウッズが見逃さないわけがなく、大飛球が右中間の上空へ舞った。
正直、諦めた。「うわっ」と言って、天を見上げた安藤。天井を見上げたぼく。
神様が風を吹かせてくれたかな。甲子園以外の球場だったら絶対にホームランだった打球。ナゴヤドームであっても、もちろんホームランだし、東京ドームだったら何かの看板に直接当たって賞金がもらえるような特大のアーチになるべき飛球。強風が押し戻してセンターフライ。桜井のグラブにボールがおさまり甲子園が大きくどよめいた。
さらに5番森野。森野は「オレが打つ」という強い気持ち。矢野は「ここに投げろ」とローテンションでアウトコースに変化球を要求。それほど調子のよくない安藤が強気で攻めていってたならば、森野の発する熱量と安藤の熱量がかみあって、バチーン!と右中間へいかれてたかもしれない。結果、森野がその球をひっかけてセカンドゴロダブルプレー。
ウッズのホームランをセンターフライにした神風と勝負師矢野のナイスリードで、初回の大ピンチを凌ぎ切った。大量点も覚悟で無失点を取りにいった、矢野の大いなる勇気に拍手。
対して攻撃陣は、昨日に引き続き両サイドをやや広めに取る球審と、そこに寸分の狂いもなく投げ込む小笠原に手も足も出ない。鳥谷がデッドボールで出塁するも、2番の浜ちゃん、3番シーツと完全に打ち取られてしまう。そして4番のアニキを迎えたところで、小笠原−谷繁のバッテリーは『対金本用』のカーブでレフトフライ。初回、ドラゴンズペースだった。
そして2回表。
なかなか噛み合わない安藤−矢野バッテリー。矢野は確かに「簡単に打ち取れる場所」へ向かっていたが、そこへたどり着くまでに省かれているプロセスの真っ最中。ビョンと谷繁に連打を浴び、たちまち大ピンチ。さらに藤井が送りバントで、ドラゴンズが9番小笠原はアウトでも、2アウト2塁3塁で井端勝負、という明解な勝負に来ているところ、半分パスボールのワイルドピッチで進塁を許す。ノーアウト2塁3塁。
打順は下位だけど、どうしようもないくらいの大ピンチだった。流れの悪いバッテリー。この場面の藤井で一点取られれば、チャンスが残って井端に回る。そういう場面で井端は必ず打つ。井端が打つと、下手すると満塁でウッズに回る。「優勝」という二文字が遠のいてしまうかに見えた2回表。
全員野球とは、こういうことを言うのだ。
そのことを思い知った。ノーアウト2塁3塁、当然タイガースは前進守備の体系を取る中で、藤井の打った打球はショートの左を襲う痛烈なゴロだった。それを鳥谷が瞬時に反応してダイビング。三塁ランナーをしっかり牽制して一塁をアウト。大ファインプレーで一点を凌ぐ。バッテリーがうまくいってないならば、その時はみんなで守ろう。鳥谷がチームを救う。
このプレーが流れを大きく変えた。少し苛立っているように見えた安藤に、「安藤さん、まだまだこれからっすよ」という、少しはにかんだ鳥谷の笑顔は、気持ちをほぐす意味でとても大きかったのではないかと思う。
さらに、続く9番小笠原の打席で矢野が安藤に少し歩み寄る。それ以降の森野やビョンに対する投球の練習だったのかも知れない。この試合、初めてインサイドにストレートを続けた矢野。そこに気持ちよく投げていく安藤。そしてフォークボールで三振。安藤が取りたかった形でアウトを取らせる。
そして2アウト2塁3塁で井端。
もともと藤井が送って、小笠原が凡退してこの形になる予定だったのだが、その過程が大きく狂って結果的にタイガースの流れで井端を迎えることとなった。
がっちり噛み合った安藤−矢野の攻め方は完璧。しかし、こういう場面での井端は球界屈指の打者なのだ。得点圏打率は確かにチャンスでの強さを計る目安にはなるが、『どうしてもここで一点』という時の打率ではない。10点差で勝ってる試合で2アウト2塁とかいう場面も含まれるので、それは飽くまで目安だ。『どうしても一点という場面での打率(出塁率)』、全試合くまなく見てなければ算出する術がないので分からないけど、井端はその打率が間違いなく高い。若しくは次の打者以降が打ちやすくなるような、相手投手の全球種を投げさせてフォアボールで出塁するとか、そういうことができる打者。
安藤が投じた完璧なフォークボールを、井端は泳ぎながらもミートしてセンター方向へ。抜けていれば2点だった。しかし紙一重で関本が好捕。井端しか打てないような、しぶとい打球を、阪神の「しぶとい人」関本がファインプレー。
大量点の可能性も十分にあった、というかほとんどノックアウト寸前だった安藤が土壇場で復活し、鳥谷、関本のファインプレーで無失点。少しずつタイガースに流れが来るかに思えた。
しかし2回ウラの小笠原が完璧。桜井は外のまっすぐでズバッと見逃しの三振。みっちゃんはインサイドのまっすぐで詰まらせてレフトフライ。矢野は「まったく打てないときの矢野」に戻って三振。
この小笠原の投球から、投手戦のスイッチがバチン!と入った音がした。
3回表
噛み合った安藤と矢野。ひとまず荒木を打ちとって、ノリに対してアウトローのまっすぐで見逃しの三振を取る。安藤の気持ちのいいアウト。そしてウッズをセンターフライ。少しだけタイミングを外して外野フライでアウトにする。この時期まで阪神がウッズを抑えてこれた
象徴的な打ち取り方によるアウト。安藤もようやく流れに乗る。
3回裏
関本、安藤倒れて、2アウトで鳥谷の一二塁間のゴロ。
荒木のファインプレーで三者凡退。大守備戦の様相を呈してきた。
4回は表裏ともに両投手の好投。
5回もともに三者凡退で終わるのだけど、最後の打者の打ち取り方に大きな差があった。
5回表。
マウンドに安藤、2アウトランナーなしで井端。
カウント2−0とあっさり井端を追い込んでから、やはり井端は2−3までカウントを持ってくる。いいリズムになってきたところ、井端を出塁させたくない。カウント2−3から難しいコースをファールにされた後、安藤−矢野のバッテリーの呼吸がバチッと合う。「ここは力勝負」。技術を駆使して出塁を取りに来る井端に対して真っ向勝負を挑んだ安藤と矢野。瞬間それに圧された井端のタイミングが狂う。ショートゴロでスリーアウトだった。
5回裏。
前回に引き続き素晴らしい内容でここまで来た小笠原。しかし得点が入りそうで入らない味方の攻撃と、あまりに完璧すぎる内容にそろそろ綻びが出てもおかしくない頃ではあった。
2アウトランナーなしで関本。やや真ん中よりに入ったストレートを関本がジャストミートする。打球がレフトの正面に飛んでアウトにはなったが、その時の小笠原が示した反応が過剰だった。関本が打った瞬間「やられた!」と大きくレフトへ振り向いた小笠原。得点を与えない投球ではなく、気が付けばランナーを許せない、そんな投球に追い込まれているのではないのかと感じた。
最初から良かった小笠原。最初全然ダメだったけど、矢野の大ギャンブルがはまって、急激に良くなった安藤の投げあい。苦しんでいたのは小笠原だった。
6回
先頭の荒木の打球が赤星不在の布陣の中、最も弱い右中間へ飛ぶ。「赤星だったら」という打球、それが2塁打に。一転大ピンチになった。しかし続くノリが、それはミスではなのだが安藤を楽にしてくれる。勝負を分けた場面だったと思う。ノーアウト2塁という場面でノリ。カウント1−3となって、安藤は非常に苦しかった。しかし次の球をノリがセカンドゴロにしてくれる。近鉄時代のフルスイングを封印した練習生からの今シーズン。ノリの一年間がこの場面での『進塁打』を選択したのだと思う。気持ちは良く分かる。だけど、ここは近鉄時代のフルスイングが怖かった。安藤からすると、攻め入られそうな場面で、アウトを一つくれたという印象だったか。少し楽になって1アウト3塁でウッズ。ここは途中から敬遠でフォアボール。敬遠が不服だった安藤が気のない球で歩かせたことに怒りを見せる矢野。終始今日はそれがはまった。
「そうだ安藤、待ちにまった勝負の場面はこれからだぜ」
矢野の怒りの号砲とともに、ここから安藤エンジン全開。
1アウト1塁3塁で森野。全球速い球を要求する矢野。それを完璧にコーナーに投げ分けた安藤。森野を三振に取った。2アウトとなってビョン。森野と同じように投げれば、森野より怖くない。結果は詰まってライトフライ。
序盤から攻めて攻めてというピッチングをしていれば、この局面での森野、ビョンというところでこのピッチングをする余力はおそらくなかったと思う。矢野の大ギャンブルに、それによって亀裂が生じそうになった時の鳥谷のビッグプレー。それで安藤が落ち着いたことによって矢野のリードが抜群にはまった結果となった。6回を無失点。立ち上がりを考えれば信じられないような結果だったがそれが結果だった。「バッテリーも含めたプロ野球の守備」。十分に堪能できた首位攻防戦だった。
そしてゲームはその直後に動く。
5回の最後、関本のレフトライナーで異常な反応を示した小笠原。加えて6回表の攻撃で、またまた得点できなかったことによって完璧な投球の中追い込まれた小笠原。このイニングがチャンスだった。
先頭は安藤の代打に野口。
やや甘く入ってきたストレート。野口が気持ちで合わせにいった。右中間よりの打球。迷わず二塁へ走る野口。ヘッドスライディングで二塁打。
大ピンチの連続を凌いで凌いで無失点で来た中盤。攻撃はさっぱりで、甲子園はどんよりとしていたのだった。その重苦しい空気に頭から突っ込んでいった野口。暗く大きな塊に風穴をあけた。代走に赤星がコールされ、甲子園はようやく「甲子園」となった。
鳥谷がなんとかバントを決めて1アウト3塁。
打席に浜ちゃん。
気持ちと体がちぐはぐだった浜ちゃんの歯車を、野口がかみ合わせたのかもしれない。あの顔で打席に立ってる時、それは打つ時の浜中だ。
初球、大ファール。
前の回でノリが見せた「進塁打を」という小さなプレーに身をおく意識。この打席の浜ちゃんにその類の意識は全く存在しなかった。「外野フライで一点」その意識が全くない中で打席に立つ浜中は、マウンドの小笠原にどう映っていただろうか。そうなんだ。このワンチャンスをモノにするためにチームとしてずっとやってきたこと。それは小さく一点取りにいくことではない。この局面で、ただ己を信じ、全力でバットを振り切ることだ。それこそがタイガースの野球。昨日の球児とウッズの勝負だってそうだった。小さく守りきろうなんて考えてない。そこで思いっきり投げること、それをやり続けることが自分たちの野球。浜中が打った初球の大ファールは、まさにそれを体現していた。迷いなく振り切って、大きな目で小笠原を睨みつける浜中。
浜中と甲子園に飲み込まれた小笠原。ここまで見せていた完璧なコントロールがきかなくなる。吸い込まれるように真ん中に投げてしまったストレート。迷わず振り切った浜中の打球は、左中間に舞い上がった。初回にウッズのホームランを押し戻してくれた風が、今度は打球を運んでいく。
技術を超えた浜中の2ランホームラン。
チームみんなで守って取った、大きな大きな2点だった。
7回表
そして久保田のメモリアル登板。新記録。
そうだよ、MVPは久保田しかいないんだよ。
1アウトから代打の上田にヒットを許し、続けて代打の堂上兄に粘られ四球、しんどい場面で井端だった。
あれはもう、久保田の一年間全部で投げ込んだストレート。打たれるわけがない。真っ向勝負でダブルプレー。偉大な金字塔に自ら花を添えた。
7回裏
ピッチャー代わって石井。
久本は、明日だな。
浜ちゃんが打ったので負けてられない桜井がヒット。
藤本送りバントの場面でストライクが入らない石井。ストレートのフォアボールでノーアウト1塁2塁になった。
ここでまた、深みのある岡田采配。
矢野に強攻策。
もちろん、ストライクを取るのに苦しんでいる石井に、アウトを簡単にあげないことで、ここ最近の四球連発押し出しの可能性を狙ったこともあるだろう。さらに、1塁2塁の送りバントは失敗の可能性も比較的高く、失敗した場合にドラゴンズに流れがいってしまうというリスク。打たしてダブルプレーと、送りバント失敗、どちらが確率が高いかはどちらとも言い切れない。
ただ、そういう分かりやすい理由だけではないのではないかと感じた。
7回。2点差。ノーアウト1塁2塁で矢野に強攻させる意味。これは「2点を守りきるための強攻策」ではなかったか。8回、9回。もちろんジェフと球児。ジェフは休み明け、球児は昨日の今日。どちらも不安を抱えてのマウンドだ。そこで在るべき矢野は、超強気の矢野なのだ。しかし、クールに安藤を引っ張ってここまできた終盤。送りバントをしてベンチに戻り、守りにつくのと、打とうとして(もちろんヒットが一番いいのだけれど)たとえアウトになっても、打とうとした矢野が守りにつくこと。ここで一点取りにいくよりも、一点取れなくても、矢野がこの場面で打とうとすることが勝てる確率が上がると判断したのではないか、そう思った。
結果この打席、矢野はレフトへの飛球に倒れる。
後続も抑えられ無得点に終わった。
だけど、8回のジェフはウッズの前にランナーを出したが、ウッズをダブルプレーに取ってそのイニングを全うした。
9回の球児も昨日の影を乗り越えて、三人で最終回を締めることができた。
直接関係しているかどうかは分からないが、結果は不安を抱えていたジェフと球児がしっかり抑えて勝ちきったゲームとなった。
先発の安藤が踏ん張って、「ここぞ」という場面で迷いなく振り切った浜中。その点をJFKで守りきるというタイガースの形でもぎとった勝利。
その中に神風があり、矢野のギャンブルがあり、チームを救った鳥谷のビッグプレーがあった。ノリの一年間が打たせた進塁打が無失点の鍵を握り、矢野に呼応した安藤が最後の最後で自らを解放しきってピンチを凌いだ。関本の打球に過敏に反応するまでに追い込まれた小笠原は、やはり甲子園に飲み込まれていった。そのきっかけを作った野口のヘッドスライディング、真正面からその気持ちを受け取った浜中のホームラン。久保田の2007年が井端を押し込み、7回の矢野への強攻策が、不安を抱えた8回のジェフ9回の球児を引っ張らせた。
この大一番でベストゲーム。
大守備戦の果てに、大きな大きな二文字が見えてくる。
優勝、栄光、歓喜。
その二文字は何でもいい。
確かにその言葉を見据え今日、大きく一歩前進したんだ。
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